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■歴史に残された星の話 ・・・ 明月記の客星 天喜二年四月中旬以後、丑時、客星觜・参の度に出づ。東方に見(あら) わる。天関星に孛(はい)す。大きさ歳星の如し。 藤原定家が治承4年(1180年)~嘉禎元年(1235年)の間の出来事を記述した日 記で現在は国宝に指定されている『明月記』に見える記述です。 『明月記』は漢文で記述されており難解だとのこと。「だとのこと」という 書き方でわかるとおり、私は原文ではなく、それを読み下した本でしか知り ません(←もっと勉強せい! という叱責を受けそうですね)。 「天喜二年」はAD1054年。 「四月中旬以後」と有りますが、現在の暦(グレゴリウス暦)で考えると、 6 月初め頃と言うことになります。 「觜・参の度」とは、中国生まれの星座「觜」「参」の有る場所という意味。 「大きさ歳星の如し」とは、明るさが歳星(木星)ほどだったと言うことで す。かなり明るかったわけです。 明月記が書かれたのがAD1180年~ですから、AD1054年のこの星の記録が有る のはおかしな事なのですが、これは天文寮の記録などを読んで引用したもの のようです。 ◇「客星」とは 客星とは、今の天文学の言葉で「新星」のこと。新星はnova(ノバ)と呼ば れます。これはラテン語の nova stella(新しい星の意)から。 新星は新しく星が生まれたというものではなくて、それまで暗くて見えなか った星が何らかの理由で急激に明るくなって、その存在に気づかれた星です。 通常の新星は、星の明るさで言うと10等級(1万倍くらい)ほど明るくなり、 その状態が数ヶ月続くもので、我々の銀河の中でも年に数個が発見されます。 ところが明月記の客星は、普通の客星(新星)と違って約 2年の期間観測さ れています。ちょっと特別な新星で、超新星(Supernova) と呼ばれる星でし た。何が「超」かというと、一番目立つのがその明るさ。一つの星でありな がら、数百億~数千億個の星で成り立つ銀河全体の明るさをも超えるほどに なることです。 このAD1054年に現れた「客星」はその明るさの最盛期には昼でも見えたと中 国の記録に残っているほど明るくなりました。 ◇「客星」その後 AD1056年には見えなくなってしまったこの客星ですが、この客星が有った場 所に星雲が有ることがわかったのは18世紀に入ってから。 その星雲には独特のフィラメント構造が見つかり、その見かけの連想から、 「かに星雲(Crab Nebula)」と呼ばれるようになりました。 後に、フランスの有名な彗星探索者であったシャルル・メシエが彗星と紛ら わしい見かけの天体を記録したノートの最初にこの星雲を記載しました。 このメシエのノートは現在明るい星雲や星団が「M○○星雲」のように呼ば れるようになるメシエカタログです。 メシエカタログの最初に書かれていたことでかに星雲は「M1」呼ばれ、星 好きの間では知られる存在となりました。 家庭にあるような小さな望遠鏡でもよく見える天体です(おうし座にありま すので、今はよく見える時期です)。 ◇「客星」さらにその後 二十世紀に入るとこのかに星雲からは、強い電波やX線が放射されているこ とがわかるようになりました。 さらに、この電波やX線の基であると考えられる星が 1秒間に30回も明滅を 繰り返す不思議な星であることもわかりました。 やがてこの明滅が、この星の自転による変化だとわかりました。なんと、1 秒間に30回も回転しているのです。規則的に光の脈動を繰り返す星としてや がてこの星は「かにパルサー」(「パルサー」はパルス状の光を発する星) と呼ばれるようになりました。 現在は、このかにパルサーがブラックホールの一歩手前の状態である「中性 子星」という超高密度天体であることがわかっています。どれくらい高密度 かと言うと、 1立方センチでその重さが10万トン!!! 角砂糖一個分ほどの大きさで重さが10万トン。とんでもない星です。 ◇かに星雲の今後 かに星雲は6300光年も離れた処にあるため小さく見えますが、実際はすごく 大きい。直径にして約10光年ほどの天体です。1054年の大爆発で吹き飛ばさ れたガスが猛スピードで広がった結果、この大きさに。 現在もなお、秒速1500kmという速度でガスは広がり続けています。 ----------------------------------- 既に書いた通り、今の季節ならかに星雲は夜は眺めやすい場所に有りますか ら望遠鏡をお持ちの方は、星図片手に平安時代の人々が目撃した「客星」の 後の姿を探して、人間の世界の時間の流れと星の世界の時間の流れを体感し て見ませんか?
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