日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
■曜日の来た道 (その2) 前回の「曜日の誕生」に続いて今回は「曜日の旅」の話をいたします。 バビロニアで生まれた曜日の概念は、新バビロニア王国の滅亡とともに消え てしまっても不思議ではありませんでしたが、なぜか今でも使われています。 それも細々とではなく、世界中で。 ではどうやって広がっていったのか、それが今回の話です。 BC597 新バビロニア王国のネブカドネザル2世によってユダヤ王国の民がバ ビロン他のバビロニア地方に連行される事件が発生。世に言うところの「バ ビロン捕囚」です。 このとき捕虜として連行されたものは、3000人。後に更に 10000人以上が連 行されました。 それからおよそ60年。アケメネス朝ペルシャによって新バビロニア王国が倒 されBC537 にバビロン捕囚が解かれました。60年と言えば2~3世代分の時間。 バビロン捕囚が解かれて故国に帰還した 42000人を越えるイスラエルの民の 大部分は、バビロニアでの生活しか知らず、バビロニア風の生活習慣にどっ ぷり浸かった者たちばかり。 彼らの帰還とともに、ユダヤの人々はバビロンで生まれた、7日間の1週間 おも持ち帰ることになりました。そして彼らの生み出した聖書には、世界が 生み出されるまでの「7日間の物語」が織り込まれることとなったのです。 ということで、本日はバビロニア生まれの曜日が、バビロニアが滅びた後も 生き残ることになった話までと致します。続きはまた次回。
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